2017年09月08日

だれもが、しあわせになるために

 さだまさしさんの「いのちの理由」という歌、じんときますよ〜。

『私が生まれてきた訳は 父と母に出会うため』

と、始まります。
『きょうだいたちに出会うため』、『友達みんな出会うため』、
『いとしいあなたに出会うため』と優しいメロディーが続きます。

 わたしも若い頃は、なんのために生きているのかがよくわかっていなかったひとりです。
 生まれてきた以上、しあわせにならなくては。そこまではさだまさしさんの歌といっしょですが、「これでいいや」と満足することがあまりなかったかもしれません。
 勝つとか負けるとか、上を行くとか、落ちるとか、悔しいとか、足りないとか、減るとか増えるとか、そんなことばかり考えていたような気がします。楽しいとか良かったと思うこともあったけれど、スリルとストレスにあふれた人生でした。

 易を仕事にするようになって、考えも好みも変わったと思います。
 毎日、時間が来るとちゃんとお腹が空いて、美味しくご飯が食べられる。
 そんな毎日がくれば、それでじゅうぶんなんだね。
 普通の毎日を淡々と積み重ねられること、感謝できることがしあわせなんだよなあ。
 そしてこの歌詞のとおり、そのことに気付かせていただいた恩返し。それがわたしの「いのちの理由」かもです。

 つまづいたり、仕事がうまくいかなくなったり、人から裏切られたり、自分や身近な人が病気になったり。人生いろいろなことがあります。でも生きてるんだから、今がたいへんであっても、きっと幸せになりますよ!。

 そんな「あたりまえだけど大切なこと」が、美しい日本語とやさしいメロディーで歌われているこの歌。
 キムさんにも、プーチンさんにも、トランプさんにも、世界じゅうの人にプレゼントしたいくらい、いい歌なんですよ!

南田

 以下↓、さだまさしさんの歌詞から部分を引用させていただきます。
『春来れば 花自ら咲くように
 秋来れば 葉は自ら散るように
 しあわせになるために 誰もが生まれてきたんだよ
 悲しみの花の後からは 喜びの実が実るように』
posted at 01:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記帳

2017年09月05日

サロン・ド・勧善懲悪

 善を勧め悪を懲しめることを「勧善懲悪」(かんぜんちょうあく)といいます。
 悪い行いをすれば天が見ている。
 道に外れた行為をすれば、一時はうまくいったとしても、最後にはかならず報いを受ける、という意味です。
 古い言葉ですが大切なことだと思います。
 時代の流れで社会の仕組みが変化し、最近は善悪の境界線が曖昧になってきている気がします。
 でも、悪いものは悪い。
 どんな事情があれ、人を裏切ったり騙したりすれば、やがて歯車が噛み合わなくなります。
 自分自信に対しても家族に対しても同じです。
 現状がどんなにつらかったとしても良いことは良いのです。

 サロン・ド・ミネは勧善懲悪のサロンです。
 悪い道に入り混んだことを教え、正しい道であるときには勇気づけます。
 迷いながらも信念をつらぬいて正直に生きる人の味方です。

posted at 14:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 峰彩花